最初にわたしも大ファンの、通称「テキサス親父」さんの動画をご覧ください。
死刑に関して出る賛成派の意見としてどんなものがあるでしょう。
テキサス親父さんのいわれていることが大体だと思うので
わたしなりの目線からそれぞれを考えてみたいと思います。
犯罪への抑止力
はっきり言えば一部とはいえこれが目的で死刑が行われたならば
それは「見せしめ」、打ち首獄門そのものです。
そう考えると西暦も2000年を超えたこの時代に対して違和感を感じます。
仇討ち、敵討ち
被害者の気持ちから考えたなら
人を殺しておいて生きていることが許せないことも、そんなことをする人間からは人権と生きる権利を剥奪すべきだという考え方も、気持ちの面から考えたならとてもよく理解できます。
わたしが被害者の立場になったなったなら正気を保っていられない程に強い復讐心を抱くかもしれません。
しかし上記のことを考える以前にもっと考えるべきことがあります。
再犯です。
殺された人にも、殺人を行ったものにも、そして
これから殺される人にも人権があります。
犯罪者の人権を守ろうとすることで、次の被害者の人権が蹂躙されることなど
どう考えても許される理屈はありません。
これは少年犯罪でも同じ事です。わたしは18歳未満への死刑にも賛成します。
無期懲役が「死ぬまでの」ではなく「満期が存在しない」刑罰で
中には社会に戻り、その後に殺人を再び起こすことがありえ
刑務所の収容人数に限度がある以上、なんの罪のない人の命を守るという絶対的な目的のためには、死刑はやむを得ないというのがわたしの考え方です。
よく死刑反対論者のいう冤罪によって誤って刑が執行される可能性も確かにあるのですが
それが理由で死刑が廃止される事で罪のない命が失われて可能性を残しては絶対にいけないはずです。
「犯罪とは無縁の平和な生活を送っている人の命を守る」
これを考えたなら、
「人が人を裁いたり殺したりして良いのか」
「被害者感情」
「抑止力の有無」
「冤罪」
などを考える以前の問題だとは言えないでしょうか。
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